神戸地方裁判所 平成8年(ワ)699号 判決 1998年3月19日
原告
大塚初子
被告
日産カーリース株式会社
主文
一 被告は、原告に対し、金三三八万九八八三円及びうち金三〇八万九八八三円に対する平成九年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一七六四万八二一六円及びうち金一六〇四万八二一六円に対する平成九年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負った原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求める事案である。
なお、付帯請求は、弁護士費用を除く内金に対する症状固定日の翌日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。
二 争いのない事実
次の交通事故が発生したことは、当事者間に争いがない。
1 発生日時
平成五年四月二〇日午前一時四〇分ころ
2 発生場所
神戸市中央区脇浜町三丁目三番二号先 信号機による交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)
3 争いのない範囲の事故態様
本件交差点は、ほぼ東西に走る道路と、ほぼ北東と南西とを結ぶ道路との変形の四つ辻の交差点である。
原告は、普通乗用自動車(神戸五九め七二三三。以下「原告車両」という。)を運転し、東から西へ直進しようとしていた。
他方、訴外汪之侃(以下「訴外汪」という。)は、普通乗用自動車(和泉五五わ四四九八。以下「被告車両」という。)を運転し、南西から北東へ直進しようとしていた。
そして、本件交差点内で、原告車両の左前部と被告車両の右前部とが衝突した。
三 争点
本件の主要な争点は次のとおりである。
1 被告の責任原因
2 本件事故の態様及び過失相殺の要否、程度
3 原告に生じた損害額
四 争点1(被告の責任原因)に関する当事者の主張
1 当事者間に争いのない事実
(一) 被告は、自動車の賃貸業(レンタカー業)等を目的とする株式会社である。
そして、被告は、平成五年四月一八日午後七時から二四時間の約定で、訴外趙海南(以下「訴外趙」という。)に対し、被告車両を賃貸した。
(二) 訴外趙は、同月一九日午前五時ころ、帰宅して被告車両の鍵を机の上に置いて就寝した。
そして、訴外汪は、同日午後〇時ころから午後二時ころまでの間に被告車両の鍵を持ち出し、翌二〇日の午前一時四〇分ころ、本件事故を引き起こした。
なお、訴外汪は、訴外趙と同居していた者であり、公安委員会の運転免許を受けておらず、また、道路交通法所定の国際運転免許証等を所持しない者であった。
2 被告
訴外趙は、訴外汪が有効な運転免許を有していないことを知っており、同人による被告車両の運転を禁止していた。
にもかかわらず、訴外汪は被告車両の鍵を盗み出し、訴外趙には無断で長時間にわたって被告車両を欲しいままに運転していた。
また、本件事故が発生したのは、被告と訴外趙との賃貸借の期限を経過した後であり、被告は、被告車両に対する運行支配も運行利益も喪失した状況にあった。
よって、被告は、被告車両の運行供用者ではない。
3 原告
訴外趙と訴外汪とは同居しており、訴外趙は訴外汪による被告車両の運転を黙認していた。
また、レンタカーの借受人が友人等にその運転をさせることはよくあることで、これにより、レンタカー会社の運行供用者責任が免じられることはない。
五 争点2(本件事故の態様等)に関する当事者の主張
1 被告
本件事故発生当時、原告車両の対面信号は赤色であり、被告車両の対面信号は青色であった。
このため、原告は、訴外趙や訴外汪に対し、被告車両の対面信号が赤色であった旨の虚偽の供述をするよう、申し込んでいたほどである。
したがって、本件事故は、原告の一方的な過失により生じたもので、自動車損害賠償保障法三条ただし書きにより、被告は免責される。
また、仮に、訴外汪に何らかの過失が認められるとしても、右事故態様に照らすと、大幅な過失相殺がされるべきである。
2 原告
本件事故発生当時、原告車両の対面信号は青色であり、被告車両の対面信号は赤色であった。
したがって、原告には、過失相殺されるべき過失はない。
六 口頭弁論の終結の日
本件の口頭弁論の終結の日は平成一〇年二月一九日である。
第三争点に対する判断
一 争点1(被告の運行供用者責任)
1 甲第四号証、乙第四号証の一、第七ないし第一一号証、証人趙海南及び証人相原雅人の各証言によると、次の事実を認めることができる。
(一) 訴外趙は、平成五年四月一八日、賃貸期間が同日の午後七時から翌一九日の午後七時までの二四時間との約定で、被告の東大阪高井田営業所から、被告車両を借り受けた(なお、証人相原雅人の証言によると、被告は、訴外株式会社日産レンタリース阪南と業務委託関係にあり、右訴外会社が右賃貸借契約の貸主であったことがうかがわれる。しかし、前記のとおり、当事者間では、被告が右貸主であったことは争いがなく、かつ、実体法的に、貸主の地位の帰属は被告の運行供用者性の認定にあたってまったく影響を及ぼさないので、以下、被告が右貸主であったとして論を進める。)。
(二) 被告と訴外趙との被告車両の賃貸借契約の内容は、「日産レンタカー貸渡約款」(乙第八号証)の定めるところによる。
そして、同約款においては、借受条件の変更にあたっては、事前に被告の承諾を受けなければならないこと、借受人は、レンタカーを転貸してはならないこと、借受人は、その責に帰する事故によりレンタカーに損傷を与えた場合には、被告に対してレンタカー修理期間中の営業補償として、損害賠償金を支払うこと、借受人は、レンタカーを使用して第三者に損害を与えた場合には、その損害を賠償する責任を負うこと、この場合、被告は、レンタカーについて締結された損害保険契約等により、無制限の対人補償を填補すること、被告の承諾なく借受期間を超過した後に借受人がレンタカーを返還するときは、超過料金単価に超過時間数を乗じた金額の三倍に相当する金額を違約料として支払うことなどが定められている。
(三) 訴外趙、その弟である趙海貝、訴外汪は、本件事故当時、訴外趙の叔母の借りている家で共同生活を営んでいた。
そして、訴外趙は、被告車両を借り受けた後、翌日にあたる平成五年四月一九日午前五時ころ、帰宅して被告車両の鍵を、共同で使用している机の上に置いて就寝した。
その後、訴外汪は、同日午後〇時ころから午後二時ころまでの間に被告車両の鍵を持ち出し、被告車両の運転を開始した。この際、訴外汪は、訴外趙に、被告車両を借り受ける旨を伝えたが、訴外趙は寝ていたため、確たる返事をせず、訴外趙の記憶としても、訴外汪が被告車両を借り受ける旨を言ったような気がするという程度のものである。
また、訴外汪は、被告車両がレンタカーであることを認識しており、短時間これを使用した後は、訴外趙に返還するつもりであった。
(四) 訴外趙は眼を覚ました後、直ちに、被告車両がなくなっているのに気づいた。そして、訴外趙は、訴外汪がこれを持ち出したものと判断したが、やむをえないと考えた。
(五) 翌二〇日午前、被告は、訴外趙に対し、返却時間を超過している旨の連絡をとった。訴外趙は、時間が経過するに連れて徐々に不安を感じ、心当たりに連絡をとっていたところ、本件事故の時に被告車両に同乗していた訴外載燕から、訴外汪が本件事故を起こしたこと、同訴外人が警察に対して訴外趙の運転免許証を提示したことを聞いた。
そして、同日午後九時すぎ、訴外趙は警察に出向き、この間の事情を説明した。
(六) 翌二一日午後、訴外趙は、被告に、被告車両を返還した。
この際、訴外趙は、超過時間料金二万四八〇〇円、その他金三万円など、合計金六万七九七〇円を支払った。
なお、右金三万円は、「N・O・C」(弁論の全趣旨により、「not otherwise classified」、すなわち、「他に分類することのできない」費目である「雑費」と解するのが相当である。)として、被告では処理されている。
(七) 貸出自動車で交通事故が発生した場合に作成される被告の内部資料である「レンタカー事故報告書」(乙第一一号証)には、「N・O・C」の欄があらかじめ設けられている。
そして、これを徴するときには、金三万円又は金一万円のいずれかを一律に徴収することとされ、本件では、前記のとおり、金三万円が徴収された。
2 ところで、右認定のとおり、訴外趙は、本件事故当時、訴外汪が被告車両を運転しているであろうことを予測し、これをやむをえないことと考え、他方、訴外汪も、短時間被告車両を使用した後は、訴外趙に返還するつもりであったから、訴外趙が、本件事故発生当時、被告車両に対して運行支配及び運行利益を有していたことは明らかである。
また、被告車両が被告に返却された時に授受された超過時間料金二万四八〇〇円は、その金額から、実際に貸し出された七二時間の賃貸料金と当初の契約における二四時間の賃貸料金との差額であると考えられる。さらに、被告車両が被告に返却された時に授受された雑費金三万円も、約款上の違約金の性質を有するとは認め難い。
したがって、被告車両が被告に返却された時、被告は、これを返還時間超過により違約の処理をしたのではなく、むしろ、事後的に契約条件の変更を承諾した旨の処理をしたとみるのが相当である。
さらに、本件事故が発生したのは、当初の契約による返却時間を六時間余り経過した後のことにすぎない。
そして、これらの事情を総合勘案すると、被告の被告車両に対する運行支配及び運行利益は、本件事故発生当時、いまだ喪失していたのではなく、存続していたとみるのが相当であるから、被告は自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者に該当するというべきである。
二 争点2(本件事故の態様等)
1 自動車損害賠償保障法三条ただし書き所定の免責の抗弁、あるいは、民法七二二条二項所定の過失相殺の抗弁における、被害者側の過失を根拠づける事実の存在については、加害者側に立証責任があることはいうまでもない。
これを本件についてみると、訴外汪は、司法警察員に対する供述調書で、被告車両の対面信号が青色であった旨を述べるが(乙第九号証)、原告本人は、本人尋問の中で、原告車両の対面信号が青色であった旨を述べている。
また、原告が、訴外趙や訴外汪に対し、被告車両の対面信号が赤色であった旨の虚偽の供述をするよう申し込んでいたことに関しては、乙第一一号証、証人相川雅人の証言の中にこれに沿う部分があるが、いずれも伝聞である上に、証人趙海南の証言、原告本人尋問の結果は、いずれもこれを明確に否定するところである。
2 そして、事故の当事者である訴外汪の本件事故態様に関する供述内容(乙第九号証)と原告の本人尋問の結果とを対比し、他の関係証拠を併せて検討しても、いずれか一方が不自然であるとは認められず、また、いずれか一方が客観的な事実と明らかに矛盾しているということもできない。
したがって、本件全証拠によっても、本件信号の色についてはこれを認定することはできず、結局、これを認定することができないことによる不利益は、立証責任を負担する被告が負うものといわざるをえない。
そして、原告車両の対面信号が青色であり、被告車両の対面信号が赤色であった場合には、原告には、過失相殺の対象となるべき過失は存在しないから、被告の主張する自動車損害賠償保障法三条ただし書き所定の免責の抗弁、及び、民法七二二条二項所定の過失相殺の抗弁は、いずれも採用することができない。
三 争点3(原告に生じた損害額)
争点3に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。
これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。
1 原告の傷害等
まず、原告の損害の算定の基礎となるべき原告の傷害の部位、程度、入通院期間、この間の治療の経緯等について検討する。
甲第二号証の一、二、第六ないし第八号証、第一三号証の一ないし三、第一四、第一五号証、原告本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができる(なお、原告は、後遺障害による逸失利益、慰謝料は、別訴によることを検討中である旨主張し、当事者双方から、後遺障害の部位、程度に関する証拠は提出されていない。)。
(一) 原告は、本件事故の発生した平成五年四月二〇日と翌二一日の二日間、井上外科病院に入院した。
なお、同病院における診断傷病名は、右腓骨骨折、右脛骨内踝骨折、右脛骨後踝骨折である。
(二) 原告は、平成五年四月二一日、井上外科病院から須磨赤十字病院に転院し、同日から同年八月二二日まで、同病院に入院した。
なお、同病院における診断傷病名は、右足関節三果骨折、頸部捻挫である。
また、原告は、同月二三日から平成九年七月三一日まで、同病院に通院した(実通院日数七五日)。さらに、右期間中の平成六年六月一日から一三日まで、同病院に入院し、同月二日、抜釘術を受けた。
したがって、原告の井上外科病院、須磨赤十字病院における入院期間は、合計一三八日間である。
(三) ついで、原告は、平成六年一一月二五日から平成九年七月二九日まで、財団法人鳥潟免疫研究所鳥潟病院(以下「鳥潟病院」という。)に通院した(実通院日数一六九日)。
(四) 鳥潟病院の医師は、原告の傷害は、同病院の最終の通院日である平成九年七月二九日に症状固定した旨の診断をした。
また、須磨赤十字病院の医師は、原告の傷害は、同病院の最終の通院日である同月三一日に症状固定した旨の診断をした。
2 損害
(一) 治療費
甲第七号証、第一三号証の一ないし三、第一五号証によると、井上外科病院の治療費が金三万五七七〇円であったこと、須磨赤十字病院の治療費のうち、原告が金二六万〇二六五円を負担したこと、鳥潟病院の治療費が金四万四七六〇円であったことが認められる。
したがって、原告の主張する治療費金三四万〇七九五円が認められる。
(二) 文書料
甲第八号証によると、原告の主張する文書料のうち金五五〇〇円を認めることができる。
そして、他に、原告の主張する文書料を認めるに足りる証拠はない。
なお、甲第七号証、第一五号証の中に現れている文書料は、前項で治療費として認定した金額の中に含まれている。また、弁論の全趣旨により、甲第八号証の中に現れている文書料は、甲第一五号証の中に現れている文書料とは別個のものであると認定した。
(三) 入院雑費
前記認定のとおり、原告の入院期間は合計一三八日間である。
そして、原告の主張する入院一日あたり金一二〇〇円の割合による入院雑費は相当なものと認められるから、入院雑費は、次の計算式により、金一六万五六〇〇円となる。
計算式 1,200×138=165,600
(四) 休業損害
甲第三号証、第九号証、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故当時、住友生命保険相互会社に勤務し、保険外交員の業務に従事していたこと、本件事故の発生した日の前年にあたる平成四年に、同社から受けた報酬は、年額金六三〇万〇四八九円であったこと、このうち、約四〇パーセントが経費であったこと、原告は、本件事故のため、平成五年四月二〇日から一年間、休業を余儀なくされたこと、平成六年四月末から七月までは断続的に出社したが、八月は出社せず、九月に同社を退職したこと、原告は、右休業中の平成五年九月に結婚したことが認められる。
そして、これらの事実によると、本件事故後、一年間の休業は相当なものとして認めることができるが、それ以降の休業は、その時期の原告の症状を的確に認めるに足りる証拠がない本件においては、本件事故と相当因果関係のあるものとは未だ認めることができない。
したがって、原告の休業損害は、次の計算式により、金三七八万〇二九三円とするのが相当である(円未満切捨て。)。
計算式 6,300,489×(1-0.4)=3,780,293
なお、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故による傷害のため、家事労働に何らかの支障が生じていることが認められるが、その程度が明らかではないので、休業損害として算定することができない。そこで、このことは、慰謝料算定の一事由として考慮することとする。
(五) 慰謝料
前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入通院期間、その間の治療の経緯、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告に生じた精神的損害を慰謝するには、金二四〇万円をもってするのが相当である。
(六) 小計
(一)ないし(五)の合計は金六六九万二一八八円である。
3 損害の填補
原告の損害のうち、金三六〇万二三〇五円が既に填補されていることは、当事者間に争いがない。
したがって、原告の損害から右金額を控除すると、金三〇八万九八三三円となる。
4 弁護士費用
原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用を金三〇万円とするのが相当である。
第四結論
よって、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し(付帯請求は原告の主張による。)、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永吉孝夫)
別表